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時計部屋の鍵と少女 3

 達磨と青いブリキのロボットの言葉に従って、私は『牡丹に蝶』から『松に鶴』へと向かった。襖のそばを歩いていると、私の鼻孔を満たしていた香りが変化した事に気付く。襖を見ると牡丹が菖蒲に変わっていて、香りもまた同様だった。おそらくこの襖一枚一枚に、それぞれの花の香りが付けられているのだろう。私が振り返る風を受けて襖の中の菖蒲がさやさやと揺れる気配がした。でもそれを認めてしまうのが恐ろしくて、私は先を急いだ。

 『藤にホトトギス』の襖の先で、部屋は直角に曲がっていた。この部屋は入って左側が1月から3月、正面が4月から9月、右側が10月から12月の絵柄になっているのだろう。襖の枚数はひとつの月につき4枚なので、ここから『松に鶴』の一番最初の襖へは、少なくとも8枚の襖を過ぎれば辿りつくことになる。ずっと同じ絵柄の襖というのも嫌だろうが、全く絵柄がばらばらで移ろい行く絵柄というのも落ち着かないもので、目的地まであとどれくらいなのかという情報は少しだけ私の心の緊張を和らげた。

 襖の上には相変わらず扉のない押入れのような空間があって、隙間なしに『物』が並んでいる。これだけ細々した物が大量に並んでいるのに、ホコリを被ってはいないようだ。もしかしたらここを清掃する人が居るのかもしれないが、人の気配というものは全く感じられない。だいたい、私がこの広い畳の上をぱたぱたと音を立ててあるいていれば、もし人がいるのであれば気になって様子を見に来るはずだ。そうしないということは、たとえここを清掃する人がいたとしても今はいないのだろう。あるいは人ではなく、掃除することを生業とする何かが住みついている、なんて案も思いついたが、私は首を振ってそれを否定した。

 答えのない問いや戸惑いを頭の中で繰り返していた私は、嗅ぎ慣れた樹木の香りに足を止めた。すがすがしくも心を落ち着かせるこの香りは、松だ。襖を見る。考え事に耽っていて気付かなかったが、私はいつの間にか8枚の襖を通り過ぎて、『松に鶴』の襖に辿りついていた。

 真っ白な羽根を広げた鶴が、襖の中できぃきぃと声をあげる。ばさ、ばさと二度羽ばたいて、私を見つけた。香る草木、揺れる花、羽ばたき、私を睨む鶴。襖は生きている。この狭い狭い四角い世界の中で、彼等はただの札の一枚としてではなく、木として花として鳥として蝶として、生を受けたのだ。

 羽根を仕舞ってこちらに歩む鶴を見て、青いブリキのロボットの言葉を思い出した。

「鶴に噛まれないようにね。」

 襖の外にいる私によって生じた風で、襖の中の菖蒲が揺れたように、襖の中の鶴が襖の外に飛び出して、私の腕や足を噛む事だってありえるのかも知れない。少なくとも鶴は私に対して敵意を持っているように見える。危険だ。私は慌てて襖から離れて、辺りを見渡した。達磨の言うことには、このへんから上へと上がるためのツールがあるはずなのだ。

「あっ、あった!」

 『松に鶴』の4枚の襖の丁度真ん中には柱があり、その柱には木製の梯子が掛かっていた。その梯子は襖の上の開けた空間のさらに上へと続いている。どうやらここから上へと上がれということらしい。梯子に手をかけてみるが、軋みはない。それなりに頑丈に出来ているようだ。私は安心して梯子に足を掛けた。

 きぃきぃ。きぃきぃ。

 鶴だ。鶴の鳴き声が、私のすぐ足元から響いた。

 かつん。

 靴底への振動と共に、固い高い音が響く。音の出所は私のすぐ右側、右足の靴底。足をあげて確認すると、襖が不自然に盛り上がっていた。ただぼうっと盛り上がっているわけではなく、何者かが薄い一枚の布を突き破ろうとうごめいている。つんと尖った黄色い三角が、かちかちと開閉する。鶴のくちばしだ。

 かつん。かつん。鶴のくちばしが何度も開閉して音を響かせる。瞬間、がりっと、嫌な音と感触が右足を襲った。鶴のくちばしが私の靴を捕らえたのだ。私は慌てて足を振り、鶴を振りほどいた。それから一目散に梯子を駆け上り、襖の上の拓けた空間へと急いだ。

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プロフィール

帝埜 やしる

Author:帝埜 やしる
 
好きな作家:
 村上春樹、森見登美彦

作品の内容:
・ローファンタジー
・夢で見た内容など

執筆中:
・くじらの夢
・時計部屋の鍵と少女
・時市

完結:
・背の高い刑事と傷の少ない
 犯人の話
・ワールドプラネット

短編:
・タッタカタン
・冬の香り
・砂浜で埋もれていた亀の話
・公演会と誕生日会
・Settle Down
・ガラスの外殻を持つランプ

即興小説トレーニング
・甲板の男
・死にかけの血液
・気付かない振り
・二つの朝
・夢

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