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くじらの夢 7

 ……事の始まりは、今から約11時間前に突如鳴り響いた衛星気象予測装置ANMOの警告音だった。その日、スーパーコンピューター4台と人工衛星134基から成るANMOは、雲30%以下の晴れという予報を出した。そしてその予報通り、昼過ぎまでは、気持ちのいい晴天だった。

 天気が崩れ始めたのは、恐らく警告音の直後からなのだろう。高い晴天と地上との間に、唐突に、雲が発生したのだ。それは晴天にまばらに存在する純白で小さな雲とは随分異なり、分厚くて広く、暗い灰色をしていた。その雲はどんどん広がり、やがて辺り一面の地上をすべて覆った。

 太陽の光が遮られて世界が暗くなると、ぽつぽつと、局所的な雨が降り始めた。それはどこか磯の香りを含む雨だった。雨は段々と強さを増し、やがてバケツをひっくり返したどころか、海一つ分の水分をそのまま地面にぶちまけたような豪雨へと変わった。豪雨によって生じた雨水の量は膨大で留まるところを知らず、下水での処理能力を上回るまでそう時間は掛からなかった。



「地下リニアに取り残された人、どうなったのかな。」

 豪雨のために思わぬ早帰りとなり、借りていた映画の消化作業をしていると、座椅子に座ってコーヒーを飲みながらスマートフォンを弄っていた一馬が訊ねた。

 今から30分ほど前に、運転再開を待つ乗客と乗務員を取り残したまま、地上からの雨水進入防止のための緊急シェルターを下ろしたという地下リニア本線のニュースが流れていた。なんでも運転再開は期待できないためシェルターを開けようとしたところ、地上浸水による水圧でシェルターが開かず、人々が孤立しているということらしい。

「救助隊が助けに行くって言ってたし、大丈夫だったんじゃない?」

 テレビ画面から目を離さずに答える。しかし一馬は納得していないといった様子で、うーんと唸った。

「でも道路浸水ってことは、そうとう渋滞してるんじゃないか?」

「渋滞?」

「……それにこの雨じゃヘリも飛ばせないだろ。」

 同意を求める一馬に、画面を見つめたまま肩をすくめて見せる。私が映画に集中したいと分かってくれたのか、彼はそれ以上口を開かなかった。

 とはいえ、映画の内容に集中する事はなかなか容易ではなかった。なにせ外では未だに激しい雨が降り続いており、その水音が尋常ではないのだ。それに時々どこかから、救急車やパトカーのサイレンが小さく聞こえてくる。とても集中なんてできない。

 先ほど一馬が言った言葉もやけに引っかかった。道路浸水による渋滞に、ヘリを飛ばせない程の豪雨。ただでさえ関東の地下に蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下リニア本線の駅は多いと言うのに、満足な移動手段もない状態で一体どうやって救助に行くというのだろうか。救助がうまくいったところで、非難場所にも困るはずだ。

 テレビ画面から視線を外して窓の外に目をやる。外は相変わらずどんよりと暗くて、分厚い雲に支配された空は、酷く低かった。高層マンションの最上階からなら、手を伸ばせば雲に手が届きそうだ。

 窓からテレビに視線を戻す。画面の中では、大道芸人のバートと煙突掃除仲間が屋根の上で唄を歌いながら踊っていた。空は煙突から上がる黒い煙のせいでとても晴天とは言えなかったが、彼等はとても楽しそうだった。

「え……。」

 頭を使うことを放棄し始めていた私の耳に、驚愕を含んだ一馬の声が届いた。気になって彼の方を見ると、食い入るようにスマートフォンを見ている。ニュースサイトか何かを読んでいるのだろう。なんとなく、その真剣な食い入り方が気になって、ぼんやりと彼を眺め続ける。彼は険しい顔をしており、眉間には皺が寄っていた。

「優、悪いけど、ニュース付けて。」

 スマートフォンから顔を上げて彼は言った。なんだか尋常ではない彼の様子に、私は黙って従うことにした。DVDの停止ボタンを押して、入力を変えて地上デジタル放送に切り替える。こんな時間に一体どの局でニュースがやっているのかと思ったが、丁度DVDから切り替わった画面で緊急ニュースが流れていた。

 コーヒーカップとスマートフォンを手に持って、私が腰掛けているソファーのすぐ隣に腰を下ろす。この位置からは、テレビを真正面に見ることができるのだ。一馬から画面に視線を戻すと、画面上部のテロップで、絶望的という文字が画面端に消えようとしていた。




「……えー、緊急速報です。
 地下リニア本線にて孤立していたグループとの連絡が、途絶えたとの情報が入りました。
 繰り返します。11時42分頃、地下リニア本線にて孤立していたグループとの連絡が途絶え、……」

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楽しみにしてます

復活ですね^^更新待ってました^^これからも楽しみにさせて貰います。
プロフィール

帝埜 やしる

Author:帝埜 やしる
 
好きな作家:
 村上春樹、森見登美彦

作品の内容:
・ローファンタジー
・夢で見た内容など

執筆中:
・くじらの夢
・時計部屋の鍵と少女
・時市

完結:
・背の高い刑事と傷の少ない
 犯人の話
・ワールドプラネット

短編:
・タッタカタン
・冬の香り
・砂浜で埋もれていた亀の話
・公演会と誕生日会
・Settle Down
・ガラスの外殻を持つランプ

即興小説トレーニング
・甲板の男
・死にかけの血液
・気付かない振り
・二つの朝
・夢

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