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ワールドプラネット 1

 “彼等”がワールドプラネットを開設してから、もう、幾年も経った。

 ワールドプラネットとは、開設当初から世界中で人気を博す、芸術展覧会の一種だ。
 巨大なキャンバスに赤と黄色を主としたイラストを描く絵師、ジキ。
 色とりどりのクレヨンで、幼児が自由帳に描き殴ったような作品を作り上げるナナカさん。
 中でも一番魅力的なのは、たった十種の芸で人々を笑わせる、パントマイムにも似た不思議な芸を披露するクロイだろう。彼の芸はそこらの芸人・芸者・手品師・奇術師とは似ても似つかない。彼の芸を見た人々は必ず、喜び笑みをこぼすか、あるいは理解できずに首をかしげるのだから。

 クロイの芸を見た者は、その人々が持つ深層心理や性格などによって、喜びを感じる芸を必ず一つだけ見出す。そのたったひとつの芸に関しては芸の生い立ち、物語の詳細、登場人物の表情の変化に至るまで全てを知ることができるのだが、一方で、それ以外の九つの芸に関してはなにもかもが全く理解できない。彼の芸は、本当に謎で、魅力的で、常に人々を困惑させていた。

「金山さん“針金”で笑っていらしたわねー。 あの芸、そんなに面白かったかしら?」

「あら! 町田さんなんて、“杖”で笑ってたじゃないのー! 杖を振り回すだけの芸で笑えるなんて、わたくしにはわかりませんわ。」

「あらぁ。 “杖”で兎を助けるところなんて、最高でしたのに。」

 ジキが描いた『穂と秋』の前で、綺麗な身なりをしたご婦人が談笑している。彼女等がクロイの芸について語り合っていることは一目瞭然だった。

 “針金”とは、人型に形成された床に散らばった色とりどりの針金と、木や雲や小動物に形成されたモールが床に散らばっていて、それが自由に動き回ったり、大きくなったり小さくなったりしながら、物語を映し出す芸のことだ。“針金”を見て喜びを感じる人は、やや強気で独占欲が強い人であったり、勝負事が好きだったりするタイプであることが多い。

 一方“杖”は、長さ1メートル程度で一方には持ち手が、もう一方には丸い金色の杖先がついた杖を使った芸で、杖の描く軌道や、杖の色の変化によって物語を描く芸のことだ。“杖”を見て喜びを感じる人は、おっとりとしていて物腰が柔らかかったり、楽天家な人であったりすることが多い。

 このように、クロイの織り成す芸は道具こそ普遍的なものであるが、その内容は、これまでの芸術のどれにも属さない新しいものだった。

「あ、来てくれたんだ。」

 『秋と穂』の前で談笑するご婦人を眺めていた私に、懐かしい声が掛かる。声のした方へ振り返ると、新しいグレーのスーツに身を包みにこりと笑いかける、細身の男がいた。

「久し振りだね、ジキ。 チケット、ありがとう。」

「あぁ、いいんだよ。 ワールドプラネットはもともと、俺と、ナナカさんと、クロイちゃんと、ルイの四人の物なんだから。 チケットなんて要らないぐらいさ。」

 言って、ジキは同意を求めるように笑う。嬉しいという思いと共に、私の心は酷く痛んだ。

「そんなことない。 ワールドプラネットは三人のものだよ。 私には、」

 言いかけて、私は言葉を紡ぐのを止めた。見えたからだ。彼の表情が沈んでいく様と、視界の端で、黒の燕尾服に身を包み、白い仮面で顔を隠したクロイが“帽子”を始めたのが。

 十種の芸の中で、誰もが必ず一つだけ喜びを抱くというクロイの芸の中で、私が喜びを抱く芸はない。しかしながら、私には全ての芸が理解できた。どの芸を見ても同じように喜びを感じることができるからこそ、なのかも知れないが。

 中でも“帽子”は特別だった。私はこの芸を見ても、喜びを感じないのだ。

 しかし理解できないわけではなかった。むしろ痛いほど、辛いほど、そして安易に、“帽子”を理解する事ができた。“帽子”は私達の事を物語にしているのだ。

 クロイは“帽子”をやりながら、私とジキの元へと近づいた。クロイの手の上で、宙で、足元で、赤いリボンのついた黒のシルクハットが舞う。ふと、仮面の向こうでクロイが笑ったような気がした。笑ったような気がしている内に、クロイはシルクハットを私に向かって投げた。投げられたシルクハットは輪投げの輪の用に私の頭に入り、私の視界は一瞬にして真っ暗になった。
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ワールドプラネット 2

 シルクハットの中は、思ったよりも広くて、薄暗かった。足元に光を感じて視線を下げると、赤い絨毯が目に入る。絨毯の下に等間隔でライトが埋め込まれているらしくて、私を挟んで左右に、淡い光の道があった。
 
 ふと回りを見渡すと、絨毯と同じカラーの赤いシートが幾列も平行に並んでいた。シートの先には真っ白なスクリーン。私はスクリーンを真っ直ぐ眺めることができる、中段の中央の席に腰掛けた。
 
 私がシートに腰を下ろすと、通路に埋め込まれていた照明からゆっくりと灯りが消えた。しかし、バチンと音がしたかと思うと、スクリーンの中央がスポットライトで照らし出される。スポットライトの下にはくしゃくしゃのワイシャツに身を包んだ青年がいて、青年は客席に背を向けて膝を抱えていた。青年の顔は見えなかったが、その風貌に、私は心当たりがある。毛糸のように太く茶色い、モップのような髪は、未だ姿を見かけていない彼である気がした。
 
「……ナナカさん?」
 
 声を掛けてみる。青年は膝を抱えたまま、ゆっくりと顔を上げてスクリーンを見た。それから唐突に、彼は右手を上げた。上げた右手を数秒間静止させてから、さっと手を振り下ろす。それは私への挨拶ではなく、合図だった。合図を受けて、カチッという小さな硬い音が響く。それからテープが回るかすれた音がして、真っ白だったスクリーンに、白黒の映像が映し出された。スクリーンに映し出されていたのは、十代前半くらいの頃の、幼い私とジキの姿だった。
 
「私ね、パフェ食べに行きたい。」
 
 合成ゴムでできた、たった四段しかない階段の二段目に座っていた私が話しかける。
 
「パフェか。 いいね。」
 
 たった四段しかない階段を上がったところにある、一畳程度の踊り場に放置され机に腰掛けていたジキが答えた。良かった。彼の返事を聞いて、言い様の無い安堵感が私の胸を満たしていく。しかしながらスクリーンの中のジキは、とても悲しそうな顔をしていた。スクリーンの中の私が、振り向いてジキを見る。彼は私と目が合う前に、悲しみを隠して、笑顔を向けた。
 
「……楽しみだね。」
 
「うん。」
 
 彼の言葉に笑顔で頷き、再び前を向く。スクリーンは合成ゴムでできた廊下と白い壁を映していて、その風景は、やがて歪んで暗くなった。
 
「……うん。」
 
 もう一度答える。その声は震えていた。
 
 パチパチパチパチ。
 拍手が沸き起こる。いつの間にかガラ空きだったシートは観客で埋まっていて、灯りが戻った劇場は、観客達の話声で盛り上がっていた。スクリーンの前のステージでクロイがシルクハットを手に持ち、深々と礼をしている。「なんだかよく判らなかったね。」なんて声がどこかで小さく聞こえたが、その言葉に賛同する者も、批判する者もいなかった。

ワールドプラネット 3

 芸を終えたクロイと、クロイの傍にいたジキの元へとファンが集まり出したのをみて、私はシートから立ち上がった。顔を隠し、ミステリアスな雰囲気に包まれているクロイと、均衡の取れた美しい顔をしたジキに魅入られたファンは多いと聞く。聞くだけではなく、実際そうだろうなという予想はしていたが、それでも目の前で繰り広げられる茶番のようなその光景に、私は苦笑を漏らすしかなかった。
 
 ツンと突き刺すような視線を感じて、私はその視線の元を辿る。ジキの傍に立つ、裕福そうなドレスに身を包んだ二人組の女性が、私を睨んでいた。彼女らは耳元で何かをささやき合っている。何を話しているのかは分からないが、先ほどのスクリーンに私が映しだされていた事に気付き、おそらくそれが気に入らないのだろうと思った。
 
 彼等の折角の舞台を台無しにするわけにはいけない。私は群集から離れて、出口へと向かう。
 
「あっ。」
 
 舞台でジキの小さな声が聞こえた。恐らく私が去っていく姿が目に入ったのだろう。私は振り返って、彼に小さく手を振った。そ ろ そ ろ 帰 る ね 。声に出さずに呟いて、再び出口へと向かう。私が背を向ける瞬間に見えたものは、とても寂しそうな、悲しそうな彼の顔だった。
 
 シルクハットの外は、クロイが“帽子”をはじめた場所に繋がっていた。足元には、“針金”に使われたカラフルな針金が散らばっている。針金たちは私の足元でくにゃりと動き出すと、やがて美しい稲穂の揺れる風景を映し出し始めた。おそらくクロイが、私の帰宅に気付いてこっそりと見せてくれているのだろう。
 
 ふと、針金達が動きを止める。針金達は寄り集まって、ふわりと宙に浮いた。宙に浮いた針金に、なんの意図も汲み取れなくて、床に視線を落とす。大理石でできた白い床には、「またこんど」と描かれていた。それは天井に埋め込まれた照明に照らされることでできた、針金達の影だった。
 
 私は悲しい気持ちになった。また今度なんて、きっともう訪れないからだ。
 
 彼等は明日から、海外へと旅立つ。そして世界中で公演を行うと、テレビの報道番組で耳にした。
 アジアを廻り、ヨーロッパを廻り、アメリカを廻り、オセアニアを廻り、アフリカを廻る。次に北極海都市から南太平洋都市までの、全ての海底都市を廻る。そして最後に、スペースコロニーを廻る。スペースコロニーには大州と同程度の地区があるから、地球をもう一周するようなものだ。
 
 そうやって世界中を廻って、ようやく、彼等はここに戻ってくる。それがいつになるのかは、知らない。
 
 彼等がここを発つ頃に、私も、ここを発つ。私は政府の要請で、地球があるα宇宙域から出て、β宇宙域の先の、γ宇宙域へと行かねばならないのだ。
 
 いま、世界は人口問題を抱えている。人口が膨れ上がりすぎて、地球の陸地だけでは足りず、海底や、宇宙に居を構えたが、それでもまかないきれないくらいに増加してしまった。それはβ宇宙域に住む、リリハ類でも同様らしかった。
 そこで世界は協議し、試験的に、人類とリリハ類の一部を、γ宇宙域へと移住させる計画に乗り出した。人類は言葉を持つが、リリハ類は言葉も声帯も持たない。しかしリリハ類は、人類よりも鋭い色覚と器用な手を持っている。リリハ類は絵を描くことで、意思を伝えるのだ。その橋渡しを行いにいくのだ。だから恐らくもう、ここへは戻らないだろう。
 
 だから今日、私は、本当は彼等に別れを言いにきたのだ。
 ここへくるのにチケットが要らないことなんて、本当は知っていた。それでもきっかけが無いと訪れることができなかった。
 きっかけを得てもなかなか足が進まなくて、結局、この地区での最終公演日の、今日になってしまった。
 
「ルイ!」
 
 後ろから声が掛かる。振り返らなくても、ジキだとわかった。
 
「ルイ、待って。 どうしても見て欲しい絵があるんだ。」
 
 ジキが私の腕を掴む。しかし私は優しく、彼の腕から逃れた。
 
「ジキが描いた絵も、ナナカさんが描いた絵も、クロイちゃんの芸も、全部見たよ。」
 
「いや、まだある。 一般公開してない作品なんだ。 ……他の人が見たって、きっと分からないから。」
 
 私が同意する前に、ジキは再び私の腕を掴んで、引っ張って、私が辿ってきた道を引き返し始めた。彼に手を引かれながら、ジキの『さまも』とナナカさんの『くじら』の間にある壁と同色のドアの中へ入っていく。
 
 ドアの中は暗く、数メートル先も見えなかった。ただ見えるのは自分の手を引くジキの手だけ。手を引いて歩くのなんて久し振りで、なんだか懐かしく思えた。相手がジキなら、それこそ、中学生以来だろう。私達は恋人では無かったけれども、とてもそれに近い存在だったと思う。

ワールドプラネット 完

「ここ。 ここに立って。 ちょっと待ってて。」
 
 ジキの手が離れる。目の前にはなにも無い。私は部屋の真ん中に、ぽつんと立たされていた。
 
 ガチャン。ガチャン。ガチャン。ガチャン。
 
 重たい音が四回連続で響き、遅れて光が四段階を経て灯った。急に明るい世界につれて来られて、目がきゅっと痛む。涙が滲むのを感じたけれども、何度か瞬きをしたら痛みはすっと引いた。改めて部屋を見る。しかし私の眼前には、相変わらず何もなかった。
 
「ルイ、足元だ。」
 
 ジキの声が遠くで聞こえて、足元を見る。私が立っている地点を中心として放射線上に全方位に、赤から紫の間の色で絵が描かれていた。私は絵を踏まないように気をつけながら、たんと時間をかけてぐるりと絵を眺めた。その絵には法則がなかった。晩年のパブロ・ピカソのような力強い鮮やかさに、クロード・モネのような柔らかな美しさに、サルバドール・ダリのようなシュールリアリズムさがあった。おそらく作品としての完成度は高く、美術的な価値も高い作品に違いはないのだが、私にはこの作品が何を伝えたいのか聞き取れない。
 
「刺激を追うんじゃない。安寧を追うんだ。 ルイの安心する絵を読めばいい。」
 
 足を踏み出そうとしていた私に、ジキが声を掛ける。彼はいつの間にか私のすぐ隣にいて、いいながら彼は、私の手を握った。
 
「読む?」
 
「そう。 読んで欲しい。 僕は口が下手だから。」
 
 ジキがはにかむ。私は一瞬で理解して、再び足元へと視線を移した。
 
 赤と紫の間の色で描かれた絵の中の、安寧に守られた世界には、なんてことはない見慣れた風景が広がっていた。その風景に時折場違いな色が混ざって、その混色が私の脳内に言葉を紡ぐ。
 
『どうして話してくれなかったの。 会えなくて寂しかった。 本当は一緒に世界を廻りたかった。』
 
 世界が少し歪む。一旦私は顔を上げ、彼を見た。彼は眉を寄せて、目を赤くしていた。
 
『遠くにいても、常に想っているよ。』
 
『どこに居たって、君には帰る場所があることを忘れないで。』
 
『いつかかならず会いに行くから。』
 
『…………。』
 
 最後の言葉は、滲んでいてうまく読めなかった。わざわざ読まなくても、私には彼の伝えたい言葉が分かった。
 
「ありがとう。 ……私もだよ。」
 
 
 
 ワールドプラネットが全国ツアーを始めてから、幾年も経った。
 
 人類とリリハの共同作戦は無事成功し、私は今、絵を描いている。リリハ類からも、人類からも読み取る事のできる共通の言語を。この試みは人類にとってもリリハ類にとっても大変好評で、私が描いた言語を色彩が寸分も狂わないプリンターで印刷し流通させる計画まで発足したらしい。自分が起こした事なのにとてもすごい事なのだなと思う程度で、人類とリリハ類との橋渡しをしたという実感は沸かなかった。
 
 また、α宇宙域でのワールドツアーを終えた彼等は、アジアの小国に戻る事なく、β宇宙域へと進出したそうだ。なんでも、彼等が描き出す芸術は、人類同様リリハ類にも同じように写るらしいのだ。つまり彼等の芸術には、リリハ類の言語が一つも混ざっていなかったらしい。言われて見れば、彼等の作品には私が文字として認識するものはひとつもなかったような気がする。実はこれは結構難しいことなのだが、それを成した彼等を私は誇らしく思っている。
 
 加えて、これまで個人で作品を作っていた彼等が最近、三人で作り上げた作品を公開したという話を耳にした。その作品はとても美しく、魅力的で、哀しく、勇ましい。見る人によってまったく別の印象を与える絵なのだそうだ。そしてその作品には、私が作り出した言語と同じ仕組みを利用して、人類にもリリハ類にも判る言葉が描かれているらしい。落ち込んでいた心を救われた人や、難関に立ち向かう勇気を得られた人、心の穢れを洗い流されたなんて人もいるのだそうだ。このように読み取る言葉は個人によって様々で、また心境によっても変わるらしいため、何度見ても異なる印象を受ける絵として大変な評価を受けていた。それらの評判を聞き付けて、あるいは自分の求める言葉を見るために、わざわざ宇宙域を跨いで見に行く人類やリリハ類が出てきたなんて話もあるくらいだ。
 
 
 
 その絵には、タイトルとして小さな絵が添えられていた。赤と紫の間の色で描かれた、リリハの言葉で『愛』と読むこのとのできる絵であった。またその絵は人類にとっても文字として認識できる形をしており、人類の言葉では『ルイ』と書かれていた。
プロフィール

帝埜 やしる

Author:帝埜 やしる
 
好きな作家:
 村上春樹、森見登美彦

作品の内容:
・ローファンタジー
・夢で見た内容など

執筆中:
・くじらの夢
・時計部屋の鍵と少女
・時市

完結:
・背の高い刑事と傷の少ない
 犯人の話
・ワールドプラネット

短編:
・タッタカタン
・冬の香り
・砂浜で埋もれていた亀の話
・公演会と誕生日会
・Settle Down
・ガラスの外殻を持つランプ

即興小説トレーニング
・甲板の男
・死にかけの血液
・気付かない振り
・二つの朝
・夢

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