スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

タッタカタン!

「おい、起きろよ。 いつまで寝てるんだ? もうクジラも空を飛び始めたってーのに、瞳に灯りもともさないで。」

 隣りの日向カボチャの畑から声がして、ようやく俺は意識を持った。

 ザッと、リンのすれる音が響く。
 リンは嫌いだ。
 酸っぱくてとても吸えたもんじゃない。

 それから、ポッと、全てが明るくなった。
 しかし世界は一瞬で、中長ナスみたいな紫色に変色した。

 空を見上げると、まぶたのないシロナガスクジラが空で潮を噴いている。
 噴かれた潮は丸く集まって、雲に引っかかった。
 それを雲に住む天使達が拾っては、大きな口へと放り込む。
 きっとキャンディーみたいに甘いんだ!

「おいおい、一体いつまで土に埋まってるつもりだい? ベータカロチンが逃げちまうよ。」

 声の方を見ると、皮の黒い日向がこっちを見て笑っていた。
 黒くて細い燕尾服に、緑色の弦マント。
 目は逆三角で、口は四角い凸凹。
 頭の中には一本の白いキャンドルがあって、小さな火が灯されている。

「どうやって出ればいいんだ? 俺の身体は?」 

「全く、世話が焼けるペポだな。 土の中は探したのか?」

 言われて土の中を探す。
 すると日向と同じような黒の燕尾服姿の身体があった。
 灰色の細いストライプも入ってる。
 なかなかイケテルじゃん。

「よっと。」

 土からぴょんと飛び出して、肩についた土を軽くはらう。
 それから畑に這った緑色の弦を引っ張って、弦のマントを丁寧に結んだ。

 俺はペポだ。 
 オレンジ色の皮が特徴的な、よくいるカボチャさ!

「さぁて、準備は整ったな。 これからドコへ行こうか?」

 日向が五寸ニンジンを引き抜きながら言う。
 五寸は引き抜かれたってのにピクリとも動かなかった。
 ペポの俺と同じようなカボチャ色をしやがって。
 おまけにベータカロチンまで持っちやがって!

 お菓子をくれないと、畑へ行って窒素とカリウムを吸い尽くすぞ!

「ドコへって、ドコだ? 面白いところだろうな?」

 日向を見ると、引き抜いた五寸を本の鳥に投げてるところだった。
 日向が投げた五寸に、本の鳥が群がって、みんなしてつっつく。
 詩集という鳥は特に大食いで、五寸の体の半分の半分の三分の七を一気に口に入れていた。

「詳しい事ぁ知らないけど、きっと面白いところだろうよ!」

 ケタケタケタと日向は笑って、畑をタッタカタンと跳んで跳ねた。
 俺も日向を習って、タッタカタンと跳んで跳ねた。

 ドコへってのはここの事なのかも知れないな。
 日向が跳ねて、俺が跳ねる。
 タッタカタン!
 タッタカタン!


 乾いた靴から面白い音が止まらなくて、次第に本の鳥と、空跳ぶクジラがケタケタと笑い出した。
 こちらも余計楽しくなって、少し高めに大きく跳ねる。
 タッタカタン!
 タッタカタン!


 おや?
 六角のやつまで腹を抱えて笑ってやがらぁ。
 あいつらきっと、俺が怖くてただのニンジンの振りをしてたんだな。
 あとで窒素とカリウムを吸い取ってやるけど、今はとりあえず踏み潰さないようにもう少し高く跳んでやるよ!
 タッタカタン!
 タッタカタン!

 
 ケタケタケタケタ。
 細くなった月が真上で腹を抱えてぐるぐる笑っていた。
 月には手も足もないから、笑うことしかできないんだろうよ。
 天使も届かないほど高くて、おまけにあそこはとっても暗そうだしな。
 ようし、もっと高く跳んで跳ねてやろう!
 ほうら、月よ、見えてるかー?
 タッタカタン!
 タッタカタン!

 もう一丁!

 タッタカタン!
 タッタカタン!




 やがて笑いの歯止めが利かなくなった月がくるくると笑い転げながら、空から落ちた。
 辺りは一瞬にして明るくなり、代わりに太陽が昇った。



 畑に植わったペポカボチャは、目から種を撒き散らして動かなくなった。
スポンサーサイト

冬の香り

 目を覚ますと、冬の香りがした。

 随分気温の下がった空気はからからと軽く、おもりのはずれた空気はどこもかしこもひんやりと冷たい。鼻の中はかさかさに乾いていて、柔軟剤を入れ忘れたタオルのようにがさがさと干からびていた。もぞもぞと布団の中から手を出して、暖かい手を冷たい頬に当てる。布団の外の世界に放置されていた頬は私が思っているよりも冷たく、心なしか、肌触りもがさがさしているようだった。

 私はまだ眠たい身体を起こして、ぐっと伸びをした。するとそれまで敷き布団と内臓の中間体として働いていた背骨が、今日の業務も無事終わりましたとでもいわんばかりに、ぽきぽきと音を立てて鳴った。それからゆっくりと、身体を左右に捻る。次いで太もものストレッチをして、肩のストレッチをして、ようやく私は布団から出ることにした。



 羽毛のつまった布団の中から出てみると、その冷たさはひとしおだった。きんと冷たい空気はどこまでも澄んでいて曇りがなく、軽い。肺を思い切り膨らまして空気を吸い込むと、その冷たさに驚いた肺が少し痛んだ。でもそれは嫌な痛みではなく、ストレッチでの痛みに良く似た、気持ちのいい痛みだった。

 窓際まで歩き、青い厚手のカーテンを開ける。それからざらざらした手触りの、不透明のガラスを開けた。分厚い室内用のガラスの真後ろに、薄くてつるつるした透明のガラスが現れる。外界と接するその透明のガラスには、凍った滝のような、白い筋状の霜がついていた。この辺は豪雪地帯として名が上がる程寒いところなので、二重窓なのだ。

 薄いつるつるしたガラスも開けると、鼻がつんと痛くなるほどの冷たい風が身体を包んだ。一瞬にして、布団の温もりが吹きぬぐわれて身震いする。私は慌てて窓を閉めると、カーテンレールに引っ掛けたハンガーに掛けられた、茶色のカーディガンを羽織った。薄手だが、羽織らないよりは暖かかった。



 空腹を感じて、朝食を食べようと台所へと足を進める。しかしながら私は思い留まって、まずは洗面所へと向かった。気持ちのいい朝なのだから、もっとすがすがしい気持ちになろうと欲張ったのだ。とにかく、まずは顔を洗わないと。

 洗面所へ行き鏡をみると、肩程の短い髪が重力に逆らって酷く跳ね上がっていた。平日ならば濡らしたタオルを固く絞って、電子レンジで三十秒間暖めたものを頭に乗せる。そしていい具合に髪が湿る頃にタオルをはずして櫛を通すのだが、今日は休日で、かつ外出の予定もないため、わざわざ手間をかけて寝癖を直そうとは思わなかった。

 回すタイプの青い蛇口を捻って、水をだす。水に触れると、指先が凍ってしまいそうなほどに冷たかった。慌てて赤い蛇口を捻ろうかと思ったが、この冷たさが目覚めに一役買うかも知れないと思い、冷水のまま顔を洗うことにした。顔面は冷凍庫に突っ込まれたように冷えて硬直したが、とても気持ちよかった。ただ一つ不満があるとすれば、急に冷やされた鼻がつんと痛んだことくらいだ。



 顔を洗ってから、ようやく台所へと向かった。台所も部屋と同じくらい空気が軽くて澄んでいて、鼻の中を乾かすような冬の香りが充満している。おまけに台所の床はコンクリートに床紙を貼り付けただけのような簡単な作りなので、足の裏が酷く冷たかった。

 今日の朝食は、残念ながら一昨日の夕方に作ったカレーである。米は昨夜のうちに研いで水に浸し、朝に炊きあがるように予約のスイッチを押したので、炊きあがったのはほんの三十分前だった。蒸らす時間が十分に取られているので、丁度ご飯のおいしい頃合だろう。

 私はガスコンロの上に乗せられた縦長の鍋を火にかけた。勿論、一昨日作ったカレーの入った鍋だ。最近は学校が忙しくて夕飯を外食で済ましてしまいがちだったので、これではいけないと思って作ったのだ。



 鍋に火をかけているうちにと、私は電気ケトルを取り出した。お水を一番上の線まで入れて、部屋に戻り専用の台座に乗せる。すると数秒と経たない内に、熱された水がごろごろと唸り始めた。それから水道の上の棚から透明のポットを取り出した。背の低い冷蔵庫の上に並べられた銀色の丸い茶筒の中からジャスミンティーを選び出し、透明のポッドにティースプーン二杯分ほどの茶葉を入れる。もったりとしたカレーとすっきりとしたジャスミンティーはとても合うので、私はこの組み合わせをよく楽しんでいた。

 そうこうしているうちに、火にかけておいた鍋がくつくつと鳴りはじめた。それまで乾いていて軽かった空気が、やや湿気とそれに見合う重みを持ち始めた気がした。

 部屋で電気ケトルがカチっと小さく音を立てた。お湯が沸いたのだろう。私はスプーンと茶葉を入れた透明のポットと白いマグカップを持って、部屋のテーブルへと向かった。テーブルにそれらを配置すると台所へと引き返し、鍋を見た。鍋はぐつぐつと音を立てていた。

 火を止め、カレーの入った鍋のふたを、ゆっくりと開ける。

 するとそれまで鼻の中に滞在していた冬の匂いは消え、代わりに、カレーの香りが充満した。

砂浜で埋もれていたカメの話

 私は見知らぬ男性と一緒で、何らかの理由があって、動物園にいたネッタイチョウの卵を入手した直後だった。
 ニワトリの卵に比べたら頭が細くて、丸みも少なくて、大きい真っ白な卵だった。

「味見しますか?」

 飼育員の一人が尋ねる。どうするのと、私は男性を見た。男性は、足元に落ちていた尖った小さな石で卵の殻にヒビをいれて、一度中身を覗いてから中身を少しだけスプーンに出して、啜った。

「濃厚だね。」

 男性は一言、そう言った。

「おいしいんだ?」
 
 私は尋ねる。男性の言うことが、いまいち信用ならなかった。あまりおいしそうな顔をしていなかったからだ。

「まぁまぁだよ。 プリンに向くかもしれない。」

 私と男性は卵を持って、海へと向かった。今は丁度魚の産卵期らしくて、砂浜はリアス式海岸のように、ひどい有様だった。

「これ、波のしわざ?」

「波だけじゃない。 あいつらさ。」

 波に乗って、銀色の集団が浜へと押し寄せているのが見えた。太陽の光を浴びてきらきらと輝いていたけれど、数が多すぎて、波が黒い。怖くてぎゅっと目を瞑る。

 数秒後に、ぎゅいんと波が浜に衝突した。衝突による衝撃で、地面がぐらぐらと揺れる。じっとこらえていると、やがて揺れは収まり、浜は静寂に包まれた。目を開けると、波がぶつかった浜がスプーンで掬ったようにきれいに抉れている。こんなことが繰り返されれば、浜がこんな状態になるのも仕方ないなと納得した。
 
 ふと、どこからか、苦しそうな呻き声が響いた。どうやら抉れた浜からのようだ。私は浜の淵まで寄って、深さにしたら3メートルは抉られた場所を見下ろす。浜の底には、2メートルくらいの甲羅があった。

「え、ミドリガメ?」

 私は驚いた。それはウミガメでも、すっぽんでもなく、ミドリガメの甲羅に見えたのだ。
 真相を確かめるべく、私は浜の底に下りた。海は膝上くらいまであって、視界の端で、次の波が遠くに見えた。
 亀は甲羅から鼻先しか出していなかったが、パクパクと口を開閉していることから、生きていることがわかった。

「ちょっと。 次の波がきたら耐えられないわよ。」

 亀に話しかける。亀は頭をゆっくり出して、眠そうな目をゆっくり開けた。顔に赤い模様はない。どうやらミドリガメではないようだ。

「まさかこんなに深い所まで抉れるとは。」

 亀が喋った。流石に私は驚いて、亀から少し離れる。
 亀はゆっくりと甲羅から手足を出して、肢体をぴんと張った。多分、伸びたのだろうと思った。
 それからゆっくりと、甲羅をはがした。甲羅の中には、砂に塗れた30代の男がいた。

「やだ。 なにしてたの?」

 男に尋ねる。男は甲羅から出て、波で顔と腕の砂を洗い落としていた。

「亀だよ。 もう少しで、なれるんだ。」

 男はやれやれといった感じで、海を見た。私も海を見ると、波はすぐそこに迫っていた。

「亀になりたい。」

 言って、男は波に飲まれた。男の身体が完全に波に飲まれる前に、私にも波が到達した。



 目を覚ますと、ドーム状の屋根の下にいた。屋根といっても、布や木材でできているわけではなくて、ピンクや、紫や、紺色の宝石がちりばめられた黒い岩だ。洞窟のようでもある。
 良く見ると、鳩時計や、窓枠があった。窓枠はあるが、ガラスはない。枠の向こう側には、相変わらず岩肌が見えている。壁も勿論岩でできているのだが、そこには大きさがまちまちの絵画がいくつか飾られていた。一番小さいものは絵葉書サイズで、一番大きなものは60インチのテレビくらいあった。
 
 灯りは見当たらないのに、不思議と暗くは無かった。目が慣れたのかも知れない。
 大きな蜘蛛が、天井の岩肌を這いまわっている。岩肌は宝石の光をてらてらと返していた。濡れているのかもしれない。
 カリッと岩を引っかく音がして、蜘蛛が落ちてきた。足を滑らせた様で、着地はあまりうまくなかった。

「やだ。 蜘蛛嫌いなのに。」

 蜘蛛の背中には、漫画みたいなピンク色の小さい宝石がびっしりとついていた。気持ち悪いけれど、すこし綺麗だ。

「おかしいね。 亀は?」

 蜘蛛が話しかけてくる。さっきの例があるから、これも人間かもしれない。
 私は人間不信に陥りそうだと思って、自分の考えがおかしくて、笑いをこらえる。

「それは男でしょ。」

 私はなぜか、腰に手を当てて胸をはって答えた。怒っているわけではないのだが、傍から見たら蜘蛛に説教しているように見えるかもしれない。ふと、背後でカリーンという可愛い音がひびいいた。小さいガラスが割れたような軽い音だった。
 ぱらぱらと、肩に欠片が落ちてくる。天井を見ると、亀裂が走っていた。心なしか、地面が揺れているような気もする。

「あぁ、あぁ。 よかった。」

 蜘蛛が言った。私は一瞬で理解する。おそらくここはもう、不要になったのだ。逃げないと、崩壊に巻き込まれてしまう。私は走って、出口へと向かう。出口は4ヶ所あって私が向かっているところは、おそらく右腕だろうと思った。

 天井が崩れて、蜘蛛が潰れた。宝石が天井から落ちて、砕けて、可愛い音がいくつも響く。鳩時計もいつの間にか落ちていた。私の足元には、鳩時計から解放されたのであろう鳩が羽根をばたばたさせて口をパクパクさせていた。構ってられない。私は思い切り跳んだ。



 波の音が、すぐ目の前から聞こえる。私はゆっくりと目を開けた。
 砂浜にいた。世界は暗かったけど、天井は無い。いつの間にか、夜になってしまったようだ。
 ころんと足に何かがぶつかる。私は自分の足を見た。

「亀になれたのね。」

 私の足元には、小さな亀が一匹いた。ミドリガメだ。赤い模様も、しっかりとある。

「川まで運んであげようか?」

 私は尋ねた。ミドリガメはおそらく、海では生きていけない。
 けれども彼は、いそいそと波に乗り、やがて消えた。

公演会と誕生日会

「君は何専攻してるの。」

 話しかけられて顔を上げる。顔を上げるとすぐ近くに、黄色と黒の縞々模様の入った縁の厚い眼鏡をかけた、小太りな天然パーマの男の顔があった。近すぎて少し気持ち悪いと思ったが、態度に示してはいけないと思いこらえる。

「私ですか? 生物系でした。 神経。」

「ふーん。 じゃあ、今はなにやってるの。」

 男は尋ねながら、通路を挟んで隣の席に腰掛けた。シートはワインレッドで、通路にも同じ色のマットが敷かれている。通路の先にはステージがあって、台がある。台にはマイクと陶器の花瓶があり、花瓶には鮮やかな花が飾られていた。卒業式か、あるいは入学式を思わせるセッティングだった。

「心理学。」

「ゴッドからハートにジョブチェンジか。 やるね。」

 男は大げさに笑う。全然面白くない。私は男を無視してステージを見た。ステージにはまだ誰もいなくて、花瓶とその花瓶に生けられたカラフルな花がステージライトを独り占めしている。続いてステージから観客席へと視線を移した。観客がまばらだったシートは、すでに、スーツ姿の男女でほとんど埋まっていた。ふと自分の姿が気になって胸元を見る。私の目には薄くストライプの入った濃紺のジャケットと、胸元が緩めの淡いカラーのシャツが目に入った。よかった。私もスーツを着ていた。

「今日俺、スピーチするんだ。 二番目。 聞いててよ。」

 男が言う。私はちらりと男を見て、「がんばってね。」と返した。

 それから間もなくして、壇上に教授が現れた。教授というのは私の第一印象であるが、これまでに出会った男性の中でも特に、灰色のスラックスに白シャツを合わせて、レンズの大きな眼鏡を掛けている、やや恰幅の良いオジサンは、大抵なにかしらの教授だったので、大方私の予想は外れてはいないだろう。教授は季節の話題から入り、この公演会の目的、この公演会をはじめたきっかけ、今後の展望などを語った。

 やがて話が終わり、教授がマイクから離れて頭を下げた。途端に、会場中から惜しみのない拍手が沸き起こる。少しタイミングを逃したが、どうにか私もその波に便乗することに成功した。

続いて、一題目のスピーチが始まろうとしていた。いつの間にかステージの左端には司会がいて、スピーチのタイトルを読み上げている。超伝導、電池、持続性。そんな単語が織り混ざったタイトルだった。
タイトルに続いて、司会が男性の名を読み上げた。坂、則。そんな感じの名前だった。

「あ、俺だ。」

 男は軽く手を挙げて答えて、ステージへと向かう。全然二番目じゃないじゃないかと思ったが、もしかしたら教授を入れて数えたのかもしれないと思い堪えた。確かに、プログラム上では二番に違いないのだ。

 正直に言うと、男のスピーチはとても上手かった。練習を積んできた上手さというよりは、話す才能に長けているといった上手さで、観客を引き込むのがとてもうまいなと感じた。内容が私と関係ないジャンルだったために、正直いってちんぷんかんぷんだったが。

「どうだった、俺のスピーチ。」

「うん。 良かったよ。 解りやすかったと思う。」

「そうか。 それは良かった。」

 男は再び通路を挟んで隣の席に座ると、次の演者に目を向けた。

 そうやって何人ものスピーチを聞いていって、ようやく最後の演者になった。司会が名前を呼ぶ。その名前に、微かに聞き覚えがあって、ステージに上がった人の顔を見て、驚いた。知り合いだった。

「あ、真吾さんだ。」

 小さく呟く。私の呟きを耳にした男が、驚いたような、怒ったような顔を見せた。

「真吾先生だろ。 真吾さんなんて呼んでたら、怒られるぞ。」

「まぁ、あなたからしたらそうなのかもしれないけれど、私が知っているあの人は、先生じゃなくて、友達のお兄さんって立場だから。 それに、先生になってるのなんて知らなかった。 なんの先生なの?」

 私の問いに、男は答えなかった。スピーチが始まったからだ。真吾さんは、私の友人のお兄さんだった。友人は男で、しかも中学校だけの仲だったから、今でも友人と呼べるかどうかは分からないけれども、なぜか誕生日会には呼ばれる程度の仲だった。誕生日会とはいっても友人のではなく、友人のお兄さんの、真吾さんの誕生日会だったが。

「真吾先生、彼女と帰国したらしいよ。 ほら、あの、一番前の席のピンクの服の人。」

 男がこっそり囁く。私は最前列の席を見た。最前列の中央の席に、淡いピンクのスーツを身に纏った女性がいて、きらきらした目で真吾さんのスピーチを聞いている。私はその女性を知っていた。中学二年生の時、真吾さんの誕生日会で、あの女性に会っているのだ。

 その誕生日会の日、私は夕方四時半頃、友人宅に到着した。出迎えてくれた友人に迎え入れられるままに連れ込まれた部屋には、私と同い年の男子が6~7人いて、カードゲームや、携帯ゲーム機や、漫画を手にしていた。
 彼等は友人と小学校から一緒の、バスケ部の仲間だった。私も女子バスケットボール部に所属していたが、私とは小学校も違えば、クラスも異なる人ばかりで、正直、とても居心地が悪かったのを覚えている。

「来てくれてありがとう。 ごめんね、急に呼んじゃって。 何か飲む?」

 友人が尋ねてくれて、少し安心する。私は鞄を開けて、中からカフェ・オレの500mLパックを取り出した。

「大丈夫。 持ってきたの。」

 それから鞄の中から、ケーキの箱を取り出した。真吾さんが好きだと聞いたケーキ屋さんのチーズタルトだった。

「これ、真吾さんに。」

「おお、ありがとー。 兄貴に渡しとくね。」

 友人はケーキのパックを持って、部屋を出た。恐らく冷蔵庫に入れに行ってくれたのだろう。唯一接点のある友人がいなくなってしまって、私は本当にその部屋に居辛くなってしまった。喉も渇いていないのに、カフェ・オレにストローを差し込む。
 しばらくしても、友人は帰ってこなかった。私は本当に居づらくて、勝手に部屋を出た。友人宅はとても広かったが、過去にも何度かお邪魔した事があったので、トレイの場所は知っている。私はトイレで時間を潰そうと考えていたのだ。

「あら、こんにちはー。 今日は真吾のために来てくれてありがとう! 後輩ちゃんだよね? いつも隣で見てるよ! これからも部活、頑張ってね!」

 トイレに向かう途中の廊下で、淡い青色のワンピースに身を包んだ女子に会った。男子バスケットボール部のマネージャーをやっている、真吾さんの彼女さんだった。いつも見かけてはいたが話しかけられたのは初めてで、色が白くて、目が大きくて、ふわりと笑う、可愛い人だと思った。

「あ、いえ、えっと、お誕生日おめでとうございますって、先輩に伝えてください。」

「うん、わかった! 言っておくね!」

 ふわりと笑って、彼女さんは私の隣を通り過ぎて行った。私の他にも女子がいて、少し気持ちが楽になったのを覚えている。

 それからトイレに寄って前髪を整えて時間を潰して、友人の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ドアが開いた。そこにいたのは、紛れもなく真吾さんだった。てっきり彼女さんと一緒かと思ったけれども、彼は一人だった。無言で手招きされて、すこし躊躇いながらも部屋に入る。部屋には勉強机とベッドがあって、壁には制服や、NBAのバスケットボールプレイヤーのポスターがあった。彼の部屋なのだろうなと思った。

「あ。 お誕生日おめでとうございます。」

 私は言う。しかし真吾さんは、表情をピクリとも変えなかった。

「あいつさ、あんまりしつこいから誘ったけど、彼女でもなんでもないんだ。」

「え?」

「俺あいつの事嫌いなんだけど、誰も信じてくれない。」

「えっ。」

「まだ好きとか、そういうのよく分からないし。」

「……しょうがないですよ。」

 何がしょうがなかったのか。今考えると、なんて頭のわるい返事をしたのだろうと思う。けれども、当時の私に文句を言ったって仕方なかっていた。信じていた事が、一瞬にしてひっくり返ったのだ。なんて答えるのが正解だったのかなんて、今だってわからない。

 何故彼が私にそんなことを打ち明けたのかも、よくわからなかった。たんに誰かに聞いて欲しくて、たまたま私が傍にいて、その役目が私に転がり込んでしまっただけかもしれない。そう考えるにはあんまりにも意図的だったのに、当時の私はそう思うことで納得する事を選んだのだ。

 結局その日、私はその後すぐに帰宅した。再度あの二人が並んでいる光景を見るのが、とても怖かったのだと思う。




「本当は、彼女じゃないかもしれないですよ。」

「えっ?」

 スピーチを終えた真吾さんが頭を下げた。観客席から拍手が沸き起こる。観客の拍手にかき消されて私の言葉が聞こえなかったのか、あるいは言葉の意味を理解できなかったのかは分からないが、通路を挟んで隣に座る男は訝しげに私を見つめた。

「……ストーカーだったりして。」

 私は小さな声で呟く。通路を挟んで隣にいる男が、まさかと答えた。

Settle Down

 白樺のラックに並ぶ何百体ものビスクドールからの熱い視線を受けながら、私はいくつもの家具が並ぶ雑誌をめくっていた。今眺めているのは、テーブル&チェアー。この家には陽にやけたローテーブルとバネの弱ったソファーしかないから、二人で食事をするのに快適な大きさがあって、真ん中に花瓶を置く余裕のあるテーブルセットが欲しかった。

「二人分の小さなテーブルにご馳走を並べて、あなたと向かい会ってディナーを食べたいの。」

 雑誌から手を離して、ぎゅっと彼の手を握る。私よりもとても大きくて、硬い手。つやつやした指。彼は私の言葉には答えず、じっと私の膝の上の雑誌に視線を落としていた。

「大理石を彫ったテーブルセットなんて素敵だけれど、丸いガラス製のテーブルもいいわね。 この間、青いガラスの花瓶を買ったでしょう? その花瓶に、季節の花を飾って眺めながら食事をしたいの。 他愛もない話をしながら、時々お花を愛でながら、あなたと向かい合ってディナーを食べたいの。」

 私はざっと胸の内の妄想を言葉に乗せると、再び雑誌を眺める作業に戻った。それから雑誌の最後のページまで見たけれども、結局気に入ったテーブルもチェアーもなかった。私の求める丁度いい広さのテーブルは、きっと人気があるからたまにしか載っていないんだわ。

 ホウホウと鳥の鳴く声が静かな夜に響く。そろそろ寝ないと。私は彼の手を引いて、ベッドへと迎え入れた。彼は背がとても高いから、私のベッドだと少し窮屈なの。でもあまり寒がりじゃないから、彼のお腹が隠れる程度に毛布を掛けてあげれば、彼は眉一つ顰めなかった。

 ふと彼を見る。彼はただ静かに、私に微笑んでいた。愛おしい彼からの優しい微笑み。彼はとても無口だけれども、彼の微笑みがあれば私は他に何もいらなかった。しかしながら、きゅっと、私の胸が痛む。私の愛が、彼に愛を生み、彼の瞳に隠しきれない愛が、私に更なる愛をもたらしたのだ。

「あのね? 私……、あなたの子供を産みたいの。 本当は、ずっとこのままで、二人きりでいてもよかったのだけれど、私とあなたの愛の形として、子供が欲しいの。」

 彼の頬をなでる。彼は少し困ったような顔で、けれども変わらず私に微笑んでくれている。

「私、目は大きいけれど、鼻が少し低いでしょう? だから、あなたの鼻に似た子がいいわ。 あなたのような高い鼻をもっていて、私のような大きな目を持っている女の子。 きっとどの子よりも愛らしいと思うの。 名前はネブラスカがいいわ。 ネブラスカ・ジョーンズ。 響きが素敵でしょう?」

 ふふっと、布団の中で笑って、私達は眠りについた。彼の手を握り締める。彼の手は相変わらずとても大きくて、硬くて、つやつやしていた。



 目が覚めたとき、私の胸の中は穏やかとは言い難かった。とても嫌な夢を見てしまったのだ。彼と、私の大嫌いなAが、大通り沿いの公園の木の下で楽しそうに談笑している夢だった。Aは私と彼が恋仲にあると知っているのに、わざとちょっかいを掛けてくるのだ。

 Aにはそばかすは無いし、瞳は透き通ったブルーでとても綺麗だけれど、私には彼女の狙いが手に取るように分かった。彼女は素敵な車を持っているから、彼をこっそりピクニックに誘うつもりなのだ。彼をピクニックへ行こうと誘い、その気の彼を、街の外れの暗がりへと連れて行く。そこできっとやましい事をして、彼を脅すつもりなのだ。

「……ねぇ、起きてる? 私、またあなたとAの夢を見たの。 彼女はダメよ。 二人で話すことまでは許すけれど、絶対に彼女の車に乗って、遠くに行くような事はしないでね。 ……心配なの。 彼女は狡猾だから、きっとあなたを無理やりに手にしようと目論んでいるはずだわ。」

「あなたは、とても無口だから……。」

 彼のつやつやした頬をなでる。彼はぱっちりと目を開いて、私を見つめていた。深い深いグリーンの瞳。彼の瞳を見つめていると、私のささくれ立った心は自然と穏やかさを取り戻していく。

「ごめんなさい、そうよね。 あなたに限って、彼女の口車に乗るなんて、ありえないわよね。」

 言って、彼の手を握る。彼の硬い手は朝に冷やされてとても冷たかった。

「さて、朝食にしましょう。 今朝はエッグトーストにするつもりなの。」

 ベッドから降りて、部屋を後にする前に彼の身体に毛布を掛け直す事にした。彼の身体は大きいから、私の毛布では肩の下からふくらはぎの途中までしか掛からないけれども、彼は寒がりではないからへっちゃらなの。ベッドメイキングをするように、綺麗に彼に毛布を掛けてやると、彼は深いグリーンの瞳を私に真っ直ぐ向けて、いつもの優しい笑顔を浮かべた。

「それじゃあ、少しの間待っててね。 出来上がったら、すぐにリビングに連れて行ってあげる。」
 
 がちゃりと戸を閉める。彼は何も言わず、ただじっと私を見送った。



 白樺のラックに並ぶ何百体ものビスクドールと、彼が寝かせられている小さなベッドがあるこの部屋は、水色の木馬が縦にいくつも並んだファンシーな壁紙で囲まれていた。小さな息遣いも聞こえない、無音の空間。彼は深いグリーンの瞳を虚空へ向けたまま、瞬きもしない。

 ベッドの外に投げ出されていた彼の腕から、緩んでいた左手首がゴトリと音を立てて落ちた。プラスティックでできた、硬くて大きな、つやつやの手首。しかしながら彼の顔に描かれた白い歯が彼の意思によって隠れる事は無い。彼はいつもと変わらぬ優しい微笑を何も無い虚空に向けて浮かべ続けていた。
プロフィール

帝埜 やしる

Author:帝埜 やしる
 
好きな作家:
 村上春樹、森見登美彦

作品の内容:
・ローファンタジー
・夢で見た内容など

執筆中:
・くじらの夢
・時計部屋の鍵と少女
・時市

完結:
・背の高い刑事と傷の少ない
 犯人の話
・ワールドプラネット

短編:
・タッタカタン
・冬の香り
・砂浜で埋もれていた亀の話
・公演会と誕生日会
・Settle Down
・ガラスの外殻を持つランプ

即興小説トレーニング
・甲板の男
・死にかけの血液
・気付かない振り
・二つの朝
・夢

最新記事
作品一覧
最新コメント
募集中です        よろしくお願いします

この人とブロともになる

訪問者数
リンク
ブログランキング・にほんブログ村へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。